2014年04月28日

旬。

江戸時代、女房子供を質に入れても食べたいものが初鰹だったという。

そんな女房が魚屋で初鰹1尾を激安購入してきてくれるのだからありがたい。

50cmオーバーの鰹は捌くのにかなりのグロテスクさを発揮したらしいが、おかげでナイスな刺身に仕上がった。
ちなみに鰹の刺身はワサビもいいのだが、カラシもなかなかに合う。

それから、刺身をづけにして酢飯に薬味を投入しかき回す、手こね寿司というのもまた美味だった。

そんな鰹だが、実は旬が二度ある魚なのである。

一度目は初鰹と呼ばれ、脂身は少ないがさっぱりとした味わいのこの時期。
黒潮に乗って北上する際にたくさん取れるという。

二度目は秋、
今度は南下する際にたくさん取れる戻り鰹。
この時期は脂も乗って、まさに旬の味わいだという。

旬が二度あるというのは素晴らしい。
自分の来し方を省みて、数年前の旬の時期が初鰹の時期でしかなかったと願いたい。

そして、数年後、脂ノリノリの本当の旬が来ることを信じている。

旬を過ぎた頃の鰹は猫マタギなどと言われ、文字通り猫も食べないくらいに人気がなかったらしい。

今はその時期であろう。

落ちてなどはいない。
ただただ、前をみるばかり。
posted by evyten at 12:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

新曲を載せてみる。

新曲、「家庭教師」をアップロードしてみました。
静止画ですが楽しんでもらえたら嬉しい限りです。

この曲は、D'angeloという人の「Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine」という曲をモチーフに、ま、どうしようもない妄想をちりばめた内容になっておりまして、音はクールに中身はしょうもないという内容になっております。

せっかくなんで歌詞も載せときますね。
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家庭教師

先生先生 この問題分かりません
先生先生 今 秘密の授業中

とりあえず今夜くらい 宿題はおいといて
甘やかな情熱に この身ゆだねてみたい
不確定すぎる目と目のやり取り 近すぎる距離
汗ばむ手のひら 熱すぎるこの部屋

最大公約数なら男と女 とどのつまりは 何が正解 何が不正解
因数分解できない生徒と教師 (いわずもがな)
倫理観と煩悩 割り切れぬ素数

両親は外出中 戻りは明日 ふたりきり4畳半
妄想は暴走中 行くか戻るか 思わせぶりなスマイル

冷めたコーヒーは飲み干して 車の音も消えた22時
途切れる会話 高鳴る胸 今日の課題はもう終わり
白い肌走る Lightning 唇でたどる夢を見る
ささやく声がちょっと 吐息まじりじゃない?

周期関数は行ったりきたりの本能 あわよくば  一夜一夜にヒトミゴロ 
Vネック反比例描く双曲線  既視感と衝動 多面体の妙

下克上を計画中 UP SIDE DOWN な関係 絡む指のシェイクハンズ
良心の呵責中 行くか戻るか 不埒な愛のスタイル

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ね。しょうもないでしょう?

この曲が収録されたCDーR「Paper Back」はライブ会場にて販売します。
「Paper Back」ってのはアメリカの方のワイセツだったり暴力的だったりするB級娯楽小説の意味らしいです。
シリーズ化して定期的にリリースして行きたいなと思っておりますんで、ぜひともライブに足を運んでください。

ちなみに次回ライブは
5月17日(土)
@目黒ミッドナイトアワー
になります。

よろしく。
posted by evyten at 22:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

せっかくだから。

CD-R音源を久しぶりに作っている。
「家庭教師」「ニューヨークシティロマンス」という新曲二曲。

どちらもデアンジェロを意識した音作りで、爽やかさのみじんもない、非常に肉感的で濁りまくっていて、ファルセット全開、吐息まじりのエロい音だ。
歌詞の内容も、軽薄で妄想成分過多なエロい内容。

今週末、19日の天窓ライブの時に販売するのだが、値段も破格、500円だ。

通常、ライブハウスでライブを見に行くと、入場料で2500円くらいか。
それにドリンク代が5~600円かかる。
すでに3000円の出費。

さらにCDを買って貰おうというのだから、これはもう財布に与える衝撃は甚大だ。

そこで、CD-Rの値段をドリンク代程度にしてみた。

つまり、ライブをみて面白いと感じた人が、「ちょっと一杯おごるよ」的な粋な心持ちになった時に、お財布の紐も緩みやすい価格設定にしてみたわけだ。

CDを売ることに、とりあえず生活はかかってないし、それを貯金して云々という殊勝な心がけもない。
売り上げはいわゆるあぶく銭で構わない。
その日のノミシロになればラッキーだ。

大量に売れたら嬉しいが、そんな事はまずないだろう。

いや、もう、正直、哀しいかなヤングなガール達に響く音楽をやれている自信はない。
「夢をみることって大事だよ」とか
「素直に自然に生きようよ」とか
「君を愛してる」とか
もう、そんな事を歌う気なんてさらさらない。

むしろ同世代に響いて欲しい。
スポーツ新聞のエロな紙面を見る気分で関わって欲しい。
下ネタにひいてしまうようなヤングなガールから嫌われてもかまわない。

総じてあまり財布にゆとりはない。
昼メシも社食とか牛丼とかだ。
発泡酒やリキュール類と書いてあるビアテイストな酒をビールと呼んでいる。
普段着はユニクロを着用しているが、それでもちょっと高い気がしてしまう。

そんな同志達にこそ聴いて欲しい。

他愛のないエロや笑い。

それでほんの少しニヤリとしてもらえたらいい。

曲の内容は薄っぺらいが、その分今出来る最大の重厚さと誠実さをもって作ったつもりだ。


4月19日土曜日
@四谷天窓
18時半開場
19時開演
2500円 ドリンク別

よろしくお願いします。
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2014年04月14日

レタルギアな春だから。

長時間車を運転していると、人間、どうしても眠たくなるものだ。
そんな時には
「もんの凄くいやらしい事を考える」のがいい、とタモリさんがおっしゃっていた。

しかし、自分の場合、日がな一日中「もんの凄くいやらしい事」を考えているわけで、そうなると、それ以上の眠気には太刀打ちできない。

だから自分は眠たくて仕方ない時、目に入ってくる路上の看板を観察する。


「ノープラン洗車」
という看板があった。

いきなり車内をホースで水洗いしてみたり、
「汚れ落とすならやっぱこれっしょ」と金タワシでボディをガシガシするタンクトップに無駄な筋肉&日焼けの若者達がニコニコしながら待っている洗車場を想像した。

しかし、よくよく看板を見ると
「ノーブラシ洗車」
とあった。

少し眠たくなっていたようだ。


そういえば、こんな看板があった。
「大人の隠れ家レストラン
○○駅徒歩2分」

隠れようという気概を一切感じられない。

時は幕末。
京都のとある茶屋。
攘夷志士達が密談をしていた。

そこに踏み込む新撰組。

「御用改めでござる!」
「うぬ!新撰組!どうしてこの隠れ家が分かった⁈」
「愚か者!大通りに看板が出ておったわ!」
「ぬかったぁぁっ!
ぐばっ!
日本の夜明けは遠いぜよ…」


しかもこの店の看板には続きがある。
「箸で食べられるフレンチイタリアン」

フランス料理が食べれるのかイタリア料理が食べれるのかすらわからない。

焼肉あります。
寿司あります。
カレーあります。

スタミナ太郎みたいなものか?

それとも
喫茶店のメニューに
コーヒー
ラーメン
うどん
って載ってるみたいなものか?

そんな事を考えながら運転してたら
眠気も飛んで行った。


さてさて、
今週末、海老沢タケヲ、久しぶりの天窓ライブです。

4月19日土曜日
@四谷天窓
18時半開場
19時開演
2500円 ドリンク別

です。

大人に出演者を集めた大人なライブらしいです。
新しい音源も発売しますんで、是非、遊びに来て下さい。

よろしくお願いします。
posted by evyten at 16:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

ネバーマインド。

過日。4月5日はカートコバーンの命日だった。
亡くなった人を話題にしても面白くはないが、初めてリアルタイムで見聞きしたロックヒーローの死だった。
もちろんニルバーナはコピーもしたし、いまだにコンバースのジャックパーセルはお気に入りだ。

しかし、何よりあれからもうジャスト20年が経ったということが驚きだ。

20年前と一言にいえば、今まではまだ未完成のガキだったのだが、当時18歳。ある程度のガキだ。
しかし、20年という時間を経た自分は未だに昨日の自分すら恥ずかしくなるような、そんな鼻たらしだ。

鼻たらしの中年。

かっこわる。

でも、ま、愛しい家族もいて、多くはないが収入もあり、信用できる友人も少ないながらにいて、今でも好きな歌を歌ってる。

充分幸せじゃん。




iPhoneから送信
posted by evyten at 20:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

娘様近況。

image.jpeg娘様はただいま卒乳修行の真っ最中。
「あしたはのまないィ〜
きょうはのむゥ〜」
と、呑んだくれの言い訳のような事をのたまう。
父親の顔が見てみたい。

そうか、いつの間にか「今日」とか「明日」という時系列も認識を始めたのである。
おれは動物の認識能力は良くわからないが、ウチの毛むくじゃらな娘様を見ていると、少なくとも時系列という認識はないように思う。

「腹減った」即「めし」
「うんこしたい」即「うんこ」

とてもシンプル。

「あー、腹減ったけど昨日は食べ過ぎたから今日は少なめにしよ」
とか
「うんこしたいけど、眠いから明日にしよ」
という思考はないと思われる。

チンパンジーは2歳児くらいの知能らしいが、時系列を意識しているのはやはり人間特有なのかもしれない。

そういえば、最近、何かにつけて「何で?」と聞く時期に来たようだ。
これには、「何でだと思う?」
と自分で考えさせるようにしている。
先日、
「どうして雨は降るの?」
と聞いてきたので、
「なんでだと思う?」
と聞いてみたところ、

「女のひとが泣くから」
と答えた。

それじゃ世界中、いつも雨降りである。

しかし、なんとも詩的な見解じゃないか。
「貴女が泣く
だから世界は雨降り」
もう、そのまんま歌になる。

これはいい発見だ。
曲のネタを探すのに娘様がヒントをくれる。
まさに天才である。

親バカといわれてもいい。
親バカになれない親はバカなのだから。
posted by evyten at 16:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

12年の節目に生まれた音。

4月5日はミッドナイトアワーの12周年記念パーティーで歌わせていただいた。
名もなき歌い手に貴重な時間を割いてくれて、毎年ありがたい。

さて、今回も宴もタケナワなポップな人が帰った後で、ディープな人を前にアフターなライブをやったのだが、その時に、DJハマ氏(元ツーバッカ)と初のセッションをやってみた。
DJとセッションなんて、初めての事なので、どういうことが出来るのかわからなかったが、これがなかなか面白い。

スクラッチでリズムパターンを刻んでもらい、その上にギターと歌を乗っけて、効果音みたいなものを載せてもらうものなんだけど、パーカッションやドラムと共にやるのとは違うリズムのヨレの様なものが、普通と違うリズム感を演出していい感じだった。

自分が知らないだけで、こういった音像というのはそこらへんにもあるのかもしれないが、今まで、DJと一緒にやっている音楽というのは、トラックを流してその上で歌うという、カラオケ的なイメージが強かった。
しかし、こういうリアルタイムにターンテーブルを楽器として演奏するスタイルというのがあるとは知らなかった。

本当かどうかは知らないが、元々ヒップホップという音楽は、楽器の無い若者達がレコードプレイヤーを二つ並べて、同じレコードを2枚用意し、ドラムのみのブレークポイントを繰り返し流しながらリズムを刻み、その上にラップを載せたものだったと聞いたことがある。

まさにストリート発祥の音楽だ。
そしてアコースティックギターの弾き語りというのも、ブルーズメンやフォークシンガーなんかのイメージ通り、ストリートの音楽だ。

その二つの音楽の距離は今まで自分の中ではどれだけ近寄っても大きな溝があるものだった。

しかし例えば、ウチでホコリを被っているサンプラーと、DJとのセッションとを上手く音像化していければ、21世紀的というか、ヒップホップ以降のシンガーソングライターのあり方として、これはもっと面白い可能性を持っているのかもしれない。

クラブミュージックとアコースティックミュージックのボーダーレス化というのは、かなり昔からイメージしていた音楽なのだけれども、具体的に奏でられたのは初めてだった。

そして、そのサウンドはミッドナイトアワーがあったからこそ生まれた、まさしく目黒サウンドなのかもしれない。

そんな目黒サウンドを形にしてみたい。
posted by evyten at 12:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

めちゃくちゃに書いてしまえたら 心は眠れますか?

人は弁当を食べるとき、多かれ少なかれ悩む。
ごはんとおかずのバランスについて。

食べ終わった瞬間の後味をごはんにするか、おかずにするか。
おかずならば何を最後に持ってくるか。

自分は、ごはん派だ。

基本的に酒を飲むときの感覚に似ている。
つまみ一口を口に含み、酒を流し込むかのように、おかず一口を口に含み米を食う。
だから最後はごはんでいたい。
そうするとやはりペース配分が必要になってくる。
ごはんの全体量に対するおかず配分だ。

正直なところ、これが下手な人間とは一緒に仕事をしたくない。
空っぽになったおかずと、広大にひろがるごはんを前にぽつねんと佇むような人間の計画性のなさは、信用できない。

これが弁当でなく自宅での食事などならまだいい。
「そうそう、冷蔵庫にあったナメタケで締めよう」などのアウトロの選択肢が沢山あるから。
しかし、弁当の場合、与えられたものは決まっている。
その中でいかに自分の欲望を満たし、ポテンシャルを発揮するか。
それが弁当との戦いである。

それがおろそかになっているようでは、やはり重大な案件は任せられない。

これはライブの構成にも言えるのではないだろうか?
メロウな曲とアップテンポな曲のバランスである。

ごはん的に安心感のあるメロウな曲ばかりでは、満腹感はあるもののまったりしすぎて飽きてしまう。
逆に「からあげ」「卵焼き」「ころっけ」「ポテサラ」の派手なアップテンポばかりでは拠り所もがないし、なにより胃に負担がかかる。
これを旨く配分できるライブはすばらしい。
まさに「幕の内」。

…、勢いのまま書きながら、着地点を見失っている、おれ。

しゃべるのは苦手なのだ。
思いついたまましゃべって、着地点が見えなくなるから。
だから、文章を書く。
すると、構成なんかを考えながら書くからまだいい。

だが今日はだめだ。
意外にキリン「澄みきり」500ミリリットル、168円(税抜き)が効いている。
2本目だ。
実は最近毎晩呑んでいて、
「こりゃいかん、38歳、おれ。休肝日、休肝日。」
と昨日は酒を控えたのだが、逆に眠れなくなってしまって、
無駄に酔いが回ってしまったようだ。

ただただ思いついたままにペンを走らせている。
いや、ペンではない。キーボードを叩いている。

こんな夜はそうそうに落としどころを見つけてペンを置こう。
いや、ペンではない。キーボードを閉じよう。

読んでくれた方には申し訳ない。
内容はない。
落ちもない。
毒にも薬にもならない。
「いいね」はなくてもいい。
ほっこりもドキドキもしなくていい。
返事は急がない。
疑ってくれればいい。
その中で何かを見つけてくれればいい。
メールでもかまわない。
絵文字は…。

いかん、またセレナーデ現象だ。
今回は東海林さだお先生を意識して書き始めたというのに…。

おやすみなさい。
posted by evyten at 21:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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